まさか・・・のクリスマス
今年も残すところあと20日ほどになりました。これまでは「あとこれだけの仕事をすればお正月には楽しいことが待っている!」と想像しながら必死でやり残した仕事を片付けようとしている時期でしたが、果たしてどのような年越しになるでしょうか?
さてアメリカに来てから初めての冬休みを迎えるにあたってもちろん楽しい事がたくさん待っていると思っていた私ですが、まずは冬休みにドーム(学生寮)が閉まっていると聞かされて大ショック!荷物はそのままで良いのですが建物に出入りできないということを知り対策を迫られました。でもせっかくアメリカでクリスマスを過ごせるのだから日本に帰るつもりなんて毛頭なかったわけです。そこでピアノのDr. Smartに相談したところ、先生のお知り合いのLisaさんのお宅に滞在させてもらえることになりました。
アメリカの家庭にはもみの木の生木が飾られる事が多いです。最近は日本でもクリスマスツリーの生木が売られるようになりましたが、初め私は家の中に観葉植物ではなく本物の大きな木があるということにギョッとした覚えがあります。でもアメリカでクリスマスを何度も過ごしているうちにその光景も見慣れて、もみの木の香りを嗅ぐと「ああクリスマスだなぁ」という気持ちになるようになりました。
Lisaさんのお宅にももみの木があり、家の中はたくさんのクリスマス飾りが施してありました。クリスマスの本当の意味やクリスマス・ディナーの習慣などよく知らないままご家族のお食事に仲間入りさせていただき、七面鳥などをいただいたと思います。私としては初めてのホームステイ、という感覚で、「これからお正月までどんな事をしたりするんだろう?」などとワクワクしていました。
冒頭の写真はLisaさんのお家のクリスマスのお菓子、こちらはパンを焼いてくださった時のLisaさん、そしてお家のツリーやデコレーションです。
この時までは想像していたように楽しく過ごしました。ところが12月25日を過ぎたらLisaさんが「これから家族でしばらく留守にするから、お留守番お願いね」とおっしゃったのです。「え?私が1人でこの大きな家の留守番をするの?」「まだ日本から来て4ヶ月くらいしか経っていない私みたいな外国人に留守番させて平気なの?」と私は驚きと不安でいっぱいになりました。
こういう「自分の中の常識だと思っていたことを簡単にひっくり返される」ことはしょっちゅうありましたが、とにかくLisaさん一家はお出かけしてしまうということで、ドームにも戻れない私はお留守番係になってしまいました。
家を出る前にLisaさんは私に「このパントリーの物、好きなものを食べていいからね」と教えてくれたのですがよそのお家の食べ物を勝手に食べるということに抵抗があった上、どうやって調理して食べるものかもよくわかりません。当時はまだ学生寮のミールプランで食事を済ませていた私としては、食材の買い物もほとんどした事がなくアメリカの家庭によくある蚊取り線香のような電熱コンロも使った事がなく、見てすぐ食べ方が分かるのは食パンやクッキーぐらい。食事は大問題となってしまいました!
さらにLisaさんは私にペットの世話を頼んで行ってしまいました。犬や鳥など色々飼っていたような記憶があります。エサの置いてある場所と与える時間や回数などを言いつけられました。私自身は日本で犬を飼っていた経験があったので動物には抵抗ありませんでしたが、よそのお家の生き物を預かるとなるとこれまた責任重大です。
さあ、予想外の展開です。しかもワイオミングの冬は思いっきり雪が降ります。ホワイトクリスマスだぁ~なんてのん気に楽しめる状況ではなくなりました。「なんでも使っていいよ」「なんでも食べていいよ」などと言われてもすぐに家の中を物色するには気が進まず、外は大雪のため昼間もうす暗いのでなんだか気分も憂鬱になってきました。
これはまずい、と思っている私に追い討ちをかけるような状況も発生しました。自分で食料を調達しようと思っても雪で道路が閉鎖になっているところが多く、大学周辺の地区から外の世界に出られないのです!また、学生はほとんど実家に帰ってしまっているので友達もいません。誰かと話したくても誰もいない!
Lisaさんが帰ってくるまで何を食べて過ごしたか記憶はありませんが、とにかく大学まで歩いて行って人気のない音楽棟でピアノを練習するか、家に戻ったらテレビを見るかペットの世話をする、ぐらいしかできませんでした。
そして迎えた年越しの日、せめてカウントダウンでもテレビで見ようと思ってテレビをつけました。すると、もう2時間前に年を越してしまったニューヨークの様子が映りました。えぇぇぇぇ!年越し終わってる!そうか、ここは時差があるから一つの国なのに場所によって年越しは同じ時間じゃないんだ!
せめてもの楽しみにと思っていたのにまたまた予想外の結果。。。
じゃあ日本の家族に電話しよう。Lisaさんには後で国際電話代をお支払いすればいいだろう、そう思ってLisaさんのお家の電話を使って日本の実家に電話しました。すると何度かけてもかからないのです。なんで?なんで?と何度もトライしましたがかかりませんでした。これも撃沈。。。
後で分かった事なのですが、ちょうどその年の年末年始に実家の市外局番が一桁増えていたのです!!それを知らずに私はそれまで使っていた番号にかけ続けていたのでつながらなかったのです。
もうダメ。こんなお正月楽しくなーい(涙)!!
唯一日本に帰らずに残っていた大学院生のTomokoさんが、手に入る食材を使って和食を作ったから一緒に食べようと誘ってくださったのだけが救いでした。こちらがTomokoさんのお家でいただいたお料理と今はもう成人されている(当時5歳くらいの)娘さんです。
この苦い年越し経験のおかげで(?)その後は毎年日本に帰るようになりました。アメリカに行きたくて行きたくてやっと行けたのに、この時ばかりはショックが大きくて落ち込みました。もちろん、アメリカでの滞在年数が増えるごとに自分でできることも増えましたのでその後は無理矢理日本に帰らなくてもよかったのですが、アメリカでのクリスマスの楽しいお祝いが終わったらすぐ日本に帰って日本の家族と楽しいお正月を満喫する方が冬休みをダブルで楽しめるということを学んだのでした(笑)
次回はワイオミングでの春学期、そして2年目に向けて何が起こったかを書かせていただきたいと思います。では皆様ぜひ安全に良いお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願いいたします!